op.1

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ロイヤル・バレエ来日公演《ドン・キホーテ》を観る

6月26日(水)、ロイヤル・バレエ(Royal Ballet)*1来日公演、《ドン・キホーテ》(カルロス・アコスタ*2版、全3幕、2013年初演)*3*4を観た(同演目最終日。東京文化会館。18時半開演)。3年ぶりの、来日公演。

ロイヤル・バレエを鑑賞するのは、2013年7月の、《白鳥の湖》、2016年6月の、《ロミオとジュリエット》、《ジゼル》に続いて、4演目目(30日には、《ロイヤル・ガラ》を観る予定)。今回の来日は、東京(《ドン・キホーテ》)、横浜(《ロイヤル・ガラ》)での、上演だった*5

 

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会場に着き、 「大入」の札を抜け、入場。マリインスキー・バレエ来日公演*6以来、半年ぶりの、東京文化会館。客席に入るなり、懐かしい匂がした。

 

* * *

 

キトリを踊ったのは、ナターリヤ・オシポワ(プリンシパル*7

彼女の踊りを観るのは、二度目で、実演では、初めて*8。《ドン・キホーテ》6公演中、未だ、生で観たことのない、彼女の踊る回を、選んだ*9

第一幕、オシポワが登場して、暫くして、彼女の踊りは、独特であったことを、思い出す。どう、独特であったのか、じっくり、観ていこう。

彼女は、舞台上で、特に、背が高いとか、四肢が長いという、バレリーナではなかった。

跳躍は、充分ながら、決して、跳び過ぎない(この微妙さは、次に、上半身の表現へと、繫がっていくだろう)。脚は、硬質に引き締まって、造形的。

腕がかたちづくると、直線的になだらかなのだが、もともと造形的なものが、滑らかに(なるよう)撫でられたようだった。肉も、多分に、柔らかさを、含んでいる(これは、第三幕、クラシック・チュチュの下(もと)、細かい足技の際立たす、白い両脚の造形と、時間的に隔たった、対照美を、成すだろう)。

第一幕のヴァリエーションの最後、あちらからこちらへ、斜めに(と見える席に座っていた)、オシポワの強靭な脚の筋肉は、舞台を潜って、トゥ越しに、彼女の全身を、緩急自在に、交互に引っ張り──軸にひもを巻き付けて回す、火起こしのように──、生々しい加速度変化を絡ませて、前進させる*10。一方、第二幕、左脚を、くの字に曲げ、ポワントで進むと、やさしく折れた膝は、強い力で、守られていた。

同じく第二幕、真上にあげた、右脚の、おりる瞬間、空間が、踵(かかと)を支えて、一つになり、押し切られるまでの、歪んだ時間、濃密な、「肉体関係」。

創造的芸術。

 

バジルを踊ったのは、ワディム・ムンタギロフ(プリンシパル*11

腕、脚、ともに、長い。

踊りは、大らかで、余裕があり(肉体回りの空気を、幾分、抱(いだ)き込んで*12)、品があった。肉体的には、太腿(ふともも)の、肉づきが、品よく、見えた。

バジルは床屋だ。以前、映像で、《海賊》コンラッド(海賊の首領)を観た時も思ったが、「その貴族性は隠しようもない」*13

 

ソロを踊ったバレリーナは、皆、芸術的に、バレエを踊ったが、一貫したものを、捉えることは、できなかった。例えば、メルセデスの、ベアトリス・スティックス=ブルネル(ファースト・ソリスト*14は、たなびくような、踊りを見せたが、そこに、意図は、感じさせなかった。他に、ドリアードの女王を、クレア・カルヴァート(ファースト・ソリスト*15、キトリの友人たちを、メーガン・グレース・ヒンキス(ソリスト*16、アンナ・ローズ・オサリヴァンソリスト*17、アムールを、イザベラ・ガスパリーニ(ファースト・アーティスト)*18、ドゥルシネア姫(第一幕)を、ヘレン・クロフォード(ファースト・ソリスト*19が踊った。

 

コール・ド・バレエは、第一幕、少人数での群舞で、すでに、何かがあると、感じさせた。

エスパーダ(ヴァレンティノ・ズッケッティ*20)と、闘牛士らによる群舞は、闘牛士の衣裳に包まれた、分厚い肉体が、造形性を、低く抑え、オシポワのそれを、思わせた。

第二幕第二場、ドリアード(森の精)たちの群舞は、個々のバレリーナが、肉体的にも、造形的にも、粒立ちがよく──オシポワの脚と共振して*21──、にもかかわらず、統一感があり(第一幕で感じたのも、このようなことだったと、思う)、独特の美しさだった。彼女たちも、それぞれは、ソロを踊ったバレリーナのように、一貫した、高い芸術性を、示さなかったかもしれない。しかし、群舞が目指すものは、群舞としての美だ。また、個々に、小さな不完全も、見られたが、それは、オシポワにも、ムンタギロフにも、見られたことで、彼女らは、技術的完全で、芸術を、覆うようなことは、しなかった*22。彼女らは、確(しか)と、美を、見据えていた。〈バレエ〉から、目を、逸らさなかった。ロイヤル・バレエの、コール・ド・バレエは、ここで、確かに、ユニークな、美的に完成された芸術を、体現して、見せた*23

 

アコスタ*24版《ドン・キホーテ》は、周りのダンサーたちが、発声する、特徴があった。

声は、バレエと、本質的に構成されれば、(バレエ芸術として、)創造的たり得(う)るだろう。しかし、アコスタ版には、それがなく、(そう構成されない)「額縁」に止(とど)まらず*25、バレエを、傷つけた(第三幕、オシポワが踊っている時、一斉に、掛け声がかかり、踊りから、注意を、逸らした)*26。帰り道、ロイヤル・バレエの(おそらく)ダンサーが、‘ KEEP CALM AND DANCE ’ と書かれたバッグを、肩に、かけていた。アコスタの「声」は、バレエの美学に、則していただろうか*27

この日の演奏は、マーティン・イエーツ*28指揮の、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団だったが*29、オーケストラのレヴェルが、いつも通り、低かった。しかし、バレエであることは放棄しても、それを、傷つけることは、しなかった(芸術的には成功しなかったが、興行的には成立しただろう*30)。

 

配役表は、以下。 

英国ロイヤル・バレエ団 「ドン・キホーテ」 6月26日(水)のキャスト/What's New/NBS日本舞台芸術振興会

*1:芸術監督は、2012年より、ケヴィン・オヘア。Kevin O'Hare — People — Royal Opera House

*2:元ロイヤル・バレエ、プリンシパル・ゲスト・アーティスト(2003-16年)。イングリッシュ・ナショナル・バレエ、プリンシパル(1991-92年)、キューバ国立バレエ(1992-93年)、ヒューストン・バレエ、プリンシパル(1993-98年)を経て、1998年、ロイヤル・バレエに入団。バーミンガム・ロイヤル・バレエ、次期芸術監督(2020年-)。キューバ出身。Carlos Acosta — People — Royal Opera House

*3:原典は、マリウス・プティパMarius Petipa — People — Royal Opera House  1869年初演。

*4:Don Quixote — Productions — Royal Opera House

*5:日程は、以下。【速報】英国ロイヤル・バレエ団2019年日本公演/What's New/NBS日本舞台芸術振興会

*6:評は、以下。マリインスキー・バレエ来日公演、《マリインスキーのすべて》を観る - op.1  マリインスキー・バレエ来日公演、《白鳥の湖》を観る - op.1

*7:モスクワ生れ。2004年、ボリショイ・バレエ入団。2010年、プリンシパル。2011年、ミハイロフスキー劇場バレエに、プリンシパルとして入団。2012年、アメリカン・バレエ・シアタープリンシパル。2013年、ロイヤル・バレエに、プリンシパルとして入団。 Natalia Osipova — People — Royal Opera House  ロイヤル・バレエは、プリンシパル(Principal)、ファースト・ソリスト(First Soloist)、ソリスト(Soloist)、ファースト・アーティスト(First Artist)、アーティスト(Artist)の、五階級制。Dancers — Royal Opera House

*8:最初に観たのも、キトリだった(ヌレエフ版《ドン・キホーテ》、ミラノ・スカラ座バレエ、2014年。評は、以下。スカラ座バレエの「ドン・キホーテ」をディスクで観る - op.1)。

*9:全公演の、主な配役は、以下。 公演日程・会場・料金・主な配役/英国ロイヤル・バレエ団 2019/NBS公演一覧/NBS日本舞台芸術振興会

*10:2013年のロイヤル・バレエ来日公演《白鳥の湖》で、サラ・ラム(Sarah Lamb — People — Royal Opera House)の踊る、オデットの、第二幕の、ソロの最後、あちらからこちらへ、斜めに、回転して来るとき(席はこの日の3つ隣だった)、それまで、見えなかったものが、突然、「見えた」。彼女の、肉体の表面が、うっすら「受肉」して見えた。六年間、バレエを観てみて、ラムの、古典的に純度の高い、踊り、肉体に、開眼させられことは、バレエ体験の起点として、幸せなことだったと、思う。

*11:2009年、イングリッシュ・ナショナル・バレエ入団。2012年、リード・プリンシパル(最高位)。2014年、プリンシパルとして、ロイヤル・バレエに入団。ロシア出身。Vadim Muntagirov — People — Royal Opera House

*12:似た現象を、彼の踊る、《チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ》(2017年、ルグリ・ガラ  フジテレビダイレクト | ルグリ・ガラ)でも、感じた。「彼が跳ぶと、周りの空気まで、いっしょに動くようだ。柔らかな大気が、ムンタギロフを、包み込んでいる」。

*13:《海賊》評は、以下。イングリッシュ・ナショナル・バレエの《海賊》をディスクで観る - op.1

*14:2010年入団。2016年、ファースト・ソリストアメリカ出身。 Beatriz Stix-Brunell — People — Royal Opera House

*15:2007年入団。2016年、ファースト・ソリスト。イギリス出身。 Claire Calvert — People — Royal Opera House

*16:アメリカン・バレエ・シアターを経て、2011年、ロイヤル・バレエ入団。2015年、ソリストアメリカ出身。 Meaghan Grace Hinkis — People — Royal Opera House

*17:2012年入団。2017年、ソリスト。2019/20年シーズンより、ファースト・ソリスト。イギリス出身。 Anna Rose O'Sullivan — People — Royal Opera House

*18:2007年、Northern Ballet 入団。2014年、ロイヤル・バレエ入団。2016年、ファースト・アーティスト。2019/20年シーズンより、ソリスト。ブラジル出身。 Isabella Gasparini — People — Royal Opera House

*19:1999年入団。2009年、ファースト・ソリスト。2019/2020年シーズンより、バレエ・ミストレス。イギリス出身。 Helen Crawford — People — Royal Opera House

*20:チューリヒ・バレエ、ノルウェー国立バレエを経て、2010年、ロイヤル・バレエ入団。2014年、ファースト・ソリスト。イタリア出身。Valentino Zucchetti — People — Royal Opera House

*21:オシポワは、一方では、いかにも、ボリショイ・バレエバレリーナ、という感じだが、こうして観てみると、彼女が、ロイヤル・バレエで踊るのも、不自然なことではない。

*22:例えば、バレエとしての美を宿さない、「一糸乱れぬ群舞」のように。

*23:ロイヤル・バレエの、群舞の美を、ユニークさをもって、感じることができたのは、今回が、初めてだった。これで、ロイヤル・バレエを、第一級のバレエ団と、言うことができる(では、マリインスキー・バレエに比肩するかと言えば、ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団Orchestra of the Royal Opera House — Royal Opera House)の演奏で、上演を、鑑賞する必要があるだろう)。

*24:先の《白鳥の湖》では、ラムと並んで、ジークフリート王子を踊った。

*25:例えば、第二幕、ギター・カルテットの演奏をうけ、ジプシーたちが、写実的に、声を出した。

*26:オペラでは、かつて、ダミアーノ・ミキエレット(Damiano Michieletto — People — Royal Opera House)が、《イドメネオ》において、ショッキングな演出で、モーツァルトを、傷つけた(2014年、東京二期会オペラ劇場  オペラ公演ラインアップ「イドメネオ」 - 東京二期会)。Mozart - Idomeneo Act 3 - Elettra's aria (3 of 3) - YouTube

*27:アコスタ版の意図を、彼は、次のように、述べている。「登場人物は、何はさておき、血の通った人間です。そのことを私はもっとも重視しました。ダンスがコミュニケーションの手段であることも大切です。舞台にある種のリアリズムを取り入れ、ダンサーたちには、バレエの様式に則して型通りに動くのではなく、普通の人間として振る舞ってもらおうと思いました。私にとって、このようなリアリズムは、第3幕のクライマックスでキトリが披露する "32回転のグラン・フェッテ" と同等の意義があるのです。なぜなら、人間らしさが、このプロダクションの登場人物の世界の根底をなすからです。ダンサーが戸惑うかもしれない演出も、ぜひともやってみたいと思っていました。その一つが、舞台の上で実際にお喋りをすることです。私たちダンサーは声を出すことには不慣れですが、言葉を発することによって、新しい世界がそこに生み出されます。… 古典バレエの伝統を継承しつつ、今の私たちの可能性をさらに探ってみたかったのです」(公演プログラム)。演出は、時代とともに、変わっていく(べき)だろうが、しかし、バレエのエッセンスを、別様に表現しなくとも、それを、毀損してはならない、というのが、一愛好家の、バレエとの、かかわりだ(このプロダクションで、装置・衣裳を担当した、ティム・ハットリー(Tim Hatley — People — Royal Opera House)は、次のように、言っていた。「このバレエを傷つけるようなことは決してするまい、と心がけていました。私の任務は、作品を助けること、作品を向上させ、できれば、より良い作品に練り上げることです。観客の邪魔になるようなことは絶対にしたくないのだけれど、それはなかなか難しい。なぜなら、舞台美術はずっとそこに存在し続けるものなので、ある意味、邪魔なものなのです。舞台空間に真実味と人間味をもたらしつつ、バレエをぐいぐいと展開させなくてはなりません」(公演プログラム)。彼の装置、衣裳は、ほとんど、魅力的な「額縁」だった)。

*28:2004年の、ロイヤル・バレエ・デビュー以来、毎シーズン指揮しており、海外ツアーにも、定期的に、帯同しているという(この来日公演では、彼が、全て、東京シティ・フィルを、指揮したようだ)。アコスタ版《ドン・キホーテ》の、編曲者(原曲は、ルートヴィヒ・ミンクス  Ludwig Minkus — People — Royal Opera House)。Martin Yates — People — Royal Opera House

*29:常任指揮者は、2015年より、高関健。指揮者|楽団について|東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 「2019-2020 シーズンプログラム」は、以下。http://www.cityphil.jp/common/pdf/lineup-season2019-20.pdf  モーツァルトは、《魔笛》序曲、一曲(オーケストラ芸術の基本では?)。

*30:unamateur on Twitter: "ハイティンク指揮、RCOの演奏と称する、チャイコフスキー《フランチェスカ・ダ・リミニ》を聴く。粗くしても均一な音色、それらが織り成す、硬軟の綾が美しい。印象的なclソロの音色が、このオーケストラのそれを、象徴しているように思われた。 https://t.co/dr2t7dW2WC"  unamateur on Twitter: "《フランチェスカ・ダ・リミニ》は、バレエ《オネーギン》(クランコ振付)のフィナーレ、タチヤーナとオネーギンのpddで使われている。バレエ公演でも、実は、このレヴェルの演奏を求めたい。すぐには無理かもしれない。しかし、バレエ・ファンが現状に慣れてしまったら、ずっとこのままだろう。"

unamateur on Twitter: "ライナー・キュッヒル「オーケストラの演奏がいまいちだと、歌手の足をひっぱることになるんですね。」
カミッラ・ニールント「ええ。それはウィーンに限らず世界中どこでも同じね。」

(音楽の友 2016年7月)

バレエも同じだろう。"(これは、次の《ロイヤル・ガラ》で、意識されるだろう。)