マリインスキー・バレエ来日公演、《白鳥の湖》を観る
12月8日、マリインスキー・バレエ来日公演、《白鳥の湖》を観た。全3幕4場。東京文化会館。ソワレ(この日は、土曜で、マチネーもあった)。
マリインスキー・バレエは、3日の、ガラ公演、《マリインスキーのすべて》に続く鑑賞となる*1。
コンスタンチン・セルゲーエフ版(1950年)。
ダンサーを中心に、感想を述べていこう。
ジークフリート王子を踊ったのは、プリンシパル*2の、ザンダー・パリッシュ(Xander Parish)*3。
華奢な王子だった。それが、肉体を、抒情的なものにし、水の滴るような、風情をみせる(ガラで観た、《バレエ101》では、感じられなかったことだ)。ただ、それが、踊りに、芸術的に、必ずしも、結びついておらず、惜しかった。
王子の友人たち(パ・ド・トロワ)を踊ったのは、セカンド・ソリストの、ヤナ・セーリナ(Yana Selina)、同じく、セカンド・ソリストの、永久メイ、そして、ファースト・ソリストの、フィリップ・スチョーピン(Philipp Stepin)。
自然と、永久に目が行(ゆ)く。
ガラで観た、《海賊》と変わり、たおやか。
四肢はもとより、体幹を貫くラインまで、その造形は、徹底される*4(このような、硬軟の踊り分けは、夏に観た、世界バレエフェスティバルでの、サラ・ラム《コッペリア》《アポロ》、レオノール・ボラック《くるみ割り人形》《ソナチネ》以来だ*5)。さらに、丈の長いスカートから、細い脚がのぞくと、芯を感じさせた*6。
永久は、もう一つ上の階級、ファースト・ソリストのバレリーナたちと並べてみても、芸術的に、遜色がない*7。
2015年以来となる、今回の、マリインスキー・バレエ来日公演では、永久(2017年入団)*8の他、レナータ・シャキロワ(2015年入団)*9、マリア・ホーレワ(2018年入団)*10の、三人の、若いバレリーナの紹介が、目玉の一つだったと思う。ホーレワは、すでに、ファースト・ソリストで、《マリインスキーのすべて》において、高い芸術性を示したし、シャキロワは、今回、観る機会はなかったが、来日公演中、ファースト・ソリストに、昇進している*11。《海賊》《白鳥》と観て、永久も、ファースト・ソリストで踊るに値する、バレリーナだと思った。
セーリナは、踊りがこまごまとして見え、スチョーピンは、ぎこちなかった。
オデット/オディールを踊ったのは、ファースト・ソリストの、 エカテリーナ・オスモールキナ(Yekaterina Osmolkina)*12。
四肢の細い、バレリーナだ。
第1幕と、第3幕の、オデットがよかった。
控え目な造形で、端的な技術を見せる。しかし、はじめ、何を表現しているのか、分からなかった。様式への傾斜が、斑(まだら)なのだ。にもかかわらず、美しいバレエ。すると、オデットの、白鳥にされてしまった、人間としての側面が、意識されてくる。肉体が、様式から、距離を置くことで、王女の生身が、滲んでくる。オスモールキナの、ほっそりした肉体だと、それに、品がただよった。繊細な芸術。
一方、第2幕の、オディールは、技術に不足し(特に脚)、充分な表現と、ならなかった。グラン・フェッテは、見事だったが、芸術的・美的な説得力に、欠けてしまった。
第1幕第2場から登場する、白鳥の群舞は、統一的ながら、窮屈なところが、全くない。その実体である、24人のバレリーナも、肉体的に、統一的であった。ポーズをとると、marble像を思わせ、無機的な色を、帯びてくる。文字通り、匿名的な、「24羽の白鳥たち」(彼女たちの名は、配役表にも、記載されない)。それでも、彼女らの個性が、くっきりと表れた箇所が、一つだけあった。指だ。冒頭終盤、舞台中央、あちらからこちらへ、二列になって(その中を、オデットが、通り抜ける)、右腕を、くの字に、緩やかに、伸ばして、ポーズするシーン。腕の先の、指の纏りが、微妙に、一つずつ、違っていたのだ。物言わぬ、訴えかけるような表情のつらなりに、胸を打たれる。
セルゲーエフ版では、第3幕で、白鳥の一部が、黒鳥となって、姿をあらわす。そして、ワルツで、彼女たちが、前後に、列を組んで、舞台奥から、ゆっくりと、こちらに、歩みを進めると、モーリス・ベジャール《第九交響曲》(1964年)の、「歓喜の歌」が、思い起こされた。
小さい白鳥で、向かって右から二人目、脚の細いバレリーナの内でも、ひと際細く(特に足首)、「小さい」脚は、コリフェの、スヴェトラーナ・イワーノワ(Svetlana Ivanova)だろうか。三年前の来日公演でも、小さい白鳥を踊っていたが、肉体が、「ガラス細工のように、きらめいていた」。一度、じっくりと、観てみたいと思い続けている、バレリーナの一人だ*13。
演奏は、マリインスキー劇場管弦楽団(Mariinsky Orchestra)。指揮したのは、マリインスキー劇場・常任指揮者の、ガヴリエル・ハイネ(Gavriel Heine)。
公演プログラムによると、ハイネは、「モスクワ音楽院を卒業した初めてのアメリカ人で、サンクトペテルブルグ音楽院でイリヤ・ムーシン教授に師事した」という*14。
ハイネは、マリインスキーの、硬質な音色を、小振りに、軽く、振る。透明感があり(木管の、澄んだ音色が、印象的だった)、打楽器的な強奏でも、その質感は、保たれる。弱音では、ニュアンスも、感じさせた。しかし、ロットバルトが威勢をふるい、あるいは、天に、稲妻がもれ、雷鳴が轟くと(第2幕で一度、第3幕で二度*15)、オーケストラは、その領域を、一気に拡げ、轟音を、舞台一杯、行(ゆ)きとどかす。
オデットが踊るとき、目に見えて、テンポが落ち、音楽の連続性が、損なわれることがあったし(伴奏を意識させられる)、演奏の完成度を、高めることも、できただろう。それでも、ハイネ=マリインスキー劇場管は、その芸術を、美しいといえるほどに、示していた(いま、日本で、このレヴェルの音楽で、バレエを構成できるのは、マリインスキー・バレエ来日公演くらいだろう)。
* * * * *
三年前も、上野で、マリインスキーを観たのは、冬のことだった。
劇場を後にし、夜空のもと、冷たい空気を、感じながら、家路についた。
配役表は、以下となる。
https://www.japanarts.co.jp/news/news.php?id=3656
*1:評は以下。 マリインスキー・バレエ来日公演、《マリインスキーのすべて》を観る - op.1
*2:マリインスキー・バレエは、プリンシパル、ファースト・ソリスト、セカンド・ソリスト、コリフェ、コール・ド・バレエの、五階級制。
*3:バレエ団のプロフィールは、以下。https://www.mariinsky.ru/en/company/ballet/principals/premery/parish1
*4:舞踊評論家の村山久美子氏は、「マリインスキー・バレエ来日記念講演会」で、次のように述べている。「マリインスキー・バレエは、『白鳥の湖』を “ 宝 ” として踊っている。同団の美しさは、ダンサーたちがワガノワ・メソッドを身につけているから。脚だけでなく、上半身、腕や、首までを連動させることが特徴。そうして力みのないジャンプ、優美な踊りが紡がれるのです」。http://www.japanarts.co.jp/news/news.php?id=3574 永久が、ワガノワ・メソッドを、身につけているか、分からないが(彼女は、モナコの、プリンセス・グレース・アカデミーで学んだ)、ここで、彼女の踊りは、全身が、如実に、連動していた。
*5:「軟」は、《アポロ》、《ソナチネ》で、ともに、バランシン作品。余談だが、同じく、世界バレエフェスティバルで、《ドン・キホーテ》《ダイヤモンド》を踊った、ミリアム・ウルド=ブラームの、両作品の、造形へのアプローチは、基本的に、変わらなかった(《ダイヤモンド》は、バランシン作品)。
*6:永久は、記者会見で、「私が踊る “ ドン・キホーテ ” のキューピッド、“ 海賊 ”、“ パキータ ”、“ 白鳥の湖 ” の王子の友人役、全てキャラクターが違っていて、踊れることを楽しみにしています」と述べている。http://www.japanarts.co.jp/news/news.php?id=3625 他の二つは、どう踊っただろう。
*7:エフセエワ、バトーエワ、シャプラン、マトヴィエンコ、ノヴィコワ、ホーレワ、そして、下に述べる、オスモールキナ…。 https://www.mariinsky.ru/en/company/ballet/soloists
*8:https://www.mariinsky.ru/en/company/ballet/second_soloists/dancers3/nagahisa1
*9:https://www.mariinsky.ru/en/company/ballet/first_soloists/dancers1/shakirova1
*10:https://www.mariinsky.ru/en/company/ballet/first_soloists/dancers1/khoreva1
*11:https://twitter.com/dansomanie/status/1068878747791736833
*12:バレエ団のプロフィールは、以下。https://www.mariinsky.ru/en/company/ballet/first_soloists/dancers1/osmolkina 同役は、当初、オクサーナ・スコーリクであったが、アナスタシア・マトヴィエンコ、エカテリーナ・オスモールキナと、変更された。オスモールキナは、元々、来日する予定がなく、前回来日公演にも、参加していない。入団が、1999年であることを思えば、これは、貴重な機会だった。
*13:彼女は、1996年の入団で、チャンスは、少ないだろう。https://www.mariinsky.ru/en/company/ballet/coryphees/coryphees_woman/ivanovas
*14:劇場のプロフィールは、以下。https://www.mariinsky.ru/en/company/conductors/heine ちなみに、《マリインスキーのすべて》で指揮した、アレクセイ・レプ二コフは、マリインスキー劇場管の、トロンボーン出身で、劇場の、ブラス・アンサンブルの、指揮者でもある。https://www.mariinsky.ru/en/company/conductors/repnikov_alexei