op.1

ballet/orchestra/criticism

サロネン指揮、フィルハーモニア管の《悲劇的》を聴く

5月18日、フィルハーモニア管弦楽団(Philharmonia Orchestra)のコンサートに足を運んだ(東京オペラシティ コンサートホール)。同楽団は、ロンドンの、英国を代表する世界的なオーケストラ。首席指揮者で、アーティスティック・アドバイザーのエサ=ペッカ・サロネンEsa-Pekka Salonen 2008-)が指揮台に立った(彼は作曲家でもある)。2年ぶりの来日公演で、先に訪れた台湾を含む、アジア・ツアーとしての来日。西宮を皮切りに、東京、名古屋、熊本、横浜をまわった。

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はじめに演奏されたのは、ストラヴィンスキーの《葬送の歌》Op.5。プログラムによると、この作品は「長らく作品目録に「紛失」と記されていた」もので、2015年、サンクトペテルブルグ音楽院で発見された。師のリムスキー=コルサコフの死をうけて書かれたという。日本初演

サロネンとフィルハーモニア管の演奏は、しなやかでモダン。バランスがとてもよく、音の出し方に過不足がない。それぞれの音が、お互いを配慮しあっているのがよく分かる。輪郭は、スフマートで描かれたレオナルド=ダ=ヴィンチ作品のように、目が詰んで、なだらかな階調となっており、音色がそのまま、空間から滲み出てきた趣がある。完成度の極めて高い音楽となろうことは、たちどころに察せられた。音色はひんやりとして、やや硬質な感じがある。そういうことも関係して、やや洗練されすぎた──poshな──印象を与えかねないが、演奏家は、その高度な技術を用いることに意識的で、自分たちが〈何〉を表現しているのか、充分に自覚しているので、嫌みがなく、品があって、むしろ爽やかだ。しなやかな音楽は、各パートの音だけでなく、それらが継がれ、紡ぐ、「うねり」によっても、もたらされる。例えば、オーケストラの左翼から、右翼へと抜ける、たおやかで、ダイナミックな「波」。《葬送の歌》という有機体が、脈打った瞬間だ。ストラヴィンスキーの音楽はあまり聴いたことがなく、どのような曲かを伝えることはできないが、サロネン=フィルハーモニア管の芸術性を味わうほどには親しむことができた。

 

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続けて、グスタフ・マーラー作曲による、交響曲第6番《悲劇的》が演奏された(ちなみにこの日は、マーラーの命日であった)。

前曲とは異なり、力強く、古典的に音楽は開始される。音色は輝きを増し(特にヴァイオリン)、やや短く切られた直線的な音が、内側に凝集するように、しかしあくまで明晰に、組まれてゆく。くっきりとした輪郭が、それを縁取っている。演奏は、それ以上力をこめても、あるいは、逆に緩めても、その古典性が崩れてしまうのではないかというような強さを、自然に均衡している。音楽が美として存在しうる、ひとつの限界を示したようだ。だがそれは、全体の半面に過ぎない。やはりここでも、しなやかな音色が、折り目正しく、透明に溶け込んでいった。〈内〉と〈外〉の閾内で、クラシカルとモダンとが、硬軟鮮やかに錯綜するマーラー、というのが《悲劇的》の実相であった。

中でも際立っていたのは、第3楽章に置かれた、Andante moderato。全4楽章中、唯一、古典的な表現が極力控えられ、濃厚な歌が重なり合い、あやなした。音楽の「皮膚」は、ほぼ隈なく、とけている。耳から這入ってきたのを忘れるくらい、何度も美が、官能をやさしく包み込んでは、引きずり返してゆく。その快楽に身を浸していると、目の前で演じられている音楽こそ、私自身の「肉体」そのものである、と、はたと気づく。かつてこのオーケストラの指揮者を務めた、ジュゼッペ・シノーポリはこう述べている。「オーケストラと指揮者の関係というのは、出会いに始まり、フュージョン(融合)で終わるべきだ。もし両者がそれぞれ別の極に立っているとしたら、それは失敗だ。さいしょは、両極のあいだの距離を取り除くことが必要である。それがひとたび達成されると、偉大な音楽づくりをするチャンスに恵まれる」(フィルハーモニア管、交響曲第9番マーラー)、1993年、ライナー・ノーツ)。シノーポリとは別様に、サロネンとフィルハーモニア管の芸術性は融合したと、体験上いうことができる。高い芸術性を認めても、共感することのできない演奏はある。そういう場合、「融合」を不審におもい、創造性を感じることができない。感想をつくろうとする筆が、重くなる。でも、彼らの融合は腑に落ちるものだった。美を感じることは、〈私〉を信じること。そう教えられた気がした。

《悲劇的》は最後、一撃の後(のち)、静かに曲を閉じる。ゆっくり、ゆっくりと指揮棒が下ろされる。客席は終始、静寂を守り続けた。