op.1

ballet/orchesrta/criticism/beauty

ベジャール・バレエ・ローザンヌ、来日公演を観る

                         ──ウェーベルンをききながら

 

2017年11月、ベジャール・バレエ・ローザンヌ(Béjart Ballet Lausanne/BBL)が、2年ぶりに、来日公演をおこなった。2つのプロブラムを、東京(東京文化会館)、西宮(兵庫県立芸術文化センター)で上演。両プログラムを観た。

BBLは、ジル・ロマン(Gil Roman)が、2007年、モーリス・ベジャール(Maurice Béjart/1927-2007年)に任命され、芸術監督を務めている。

f:id:unamateur:20180201081309j:plain

17日、《魔笛(The Magic Flute)》初日に、足を運ぶ(Aプロ)。東京文化会館ベジャールが、モーツァルトWolfgang Amadeus Mozart/1756-1791年)のオペラに、振付けた作品だ。1981年初演。1982年、2004年の来日でも、取り上げられたらしい。

音楽は、録音で、カール・ベーム(Karl Böhm/1894-1981年)指揮、ベルリン・フィル(Berliner Philharmoniker)による、1964年の録音が、使用されると、あらかじめ、宣伝されていた。私は、ベームの指揮に、動かされたことがないが(モーツァルトを含む。ただし、実演に接したことはない)、バレエとして、肉体と重なった時、何かが生まれるとの、予感があった。

序曲。テンポが遅い。ベームの指揮だと思う。仕方のないことだろうが、左右のスピーカーによる、モーツァルトの音楽は、決してよくなかった。オーケストラ・ピットには、黒い板が張られ、がらんとしている。

第一幕。タミーノは、ガブリエル・アレナス・ルイス(Gabriel Arenas Ruiz)。三人の侍女は、揃いの、紫のレオタードに、トゥシューズをはいている。ヴァレリア・フランク(Valerija Frank)と、ソレーヌ・ビュレル(Solène Burel)がよかった。

フランクは、背が高く、四肢も長い。それが、かたちづくる肉体は、減(め)り張りがあり、造形性が高く、自身を外に剥き出して、〈半裸〉になり、バレエが、ヌードの芸術であることを、すぐに、思い出させた。2009年に、ベルリン国立バレエ学校を卒業し、ケムニッツ・バレエを経て、2015年、BBLに入団した、バレリーナだ。

ビュレルは、確かな造形感覚を示しつつ、踊りが、たおやかだった。彼女も、2009年に、メス・メトロポール歌劇場バレエを経て、2016年、BBLに入団した。

台詞は、もとのドイツ語ではなく、フランス語で、ダンサーによって語られ、舞台両端(はし)に、日本語の字幕が付された。

その後(ご)、パパゲーノ(ヴィクトル・ユーゴー・ペドロソ/Wictor Hugo Pedroso)、夜の女王(エリザベット・ロス/Elisabet Ros)──彼女も、ポワントで踊った──、モノスタートス(ミケランジェロ・ケルーチ/Michelangelo Chelucci)、パミーナ(カテリーナ・シャルキナ/Kateryna Shalkina)、ザラストロ(ジュリアン・ファヴロー/Julien Favreu)と登場するが、観るべきものは、ことごとく、ほとんどなかった(ロスの背中は美しかったが、バレエの美、とはならなかった)。それは、ダンサーの技術、芸術性以前に、振付けに、原因があるように思われた。踊りは、皆、なべてきれいなのに、その肉体から、滲み出てくるものが、感じられない。なるほど、そこに、ベジャール特有の、舞踊言語が、織り交ぜられていたことは、確かだろう。しかし、芸術的に、良くもなく、悪くもないと、認めざるをえなかった。言い換えれば、ここが美しいとも、美しくないとも、論じる意欲を掻き立てない、創造性の感じられない踊りであった。「どうしてバレエは、くるくる回るの?」という質問があるが、同じ疑問をいだいたほどだ。ロスは、「モーリス・ベジャールのスタイルとは?」というインタビューに、次のように答えている。「モーリスのスタイルで好きなのは、基本がクラシックであること。私自身が元々クラシックダンサーだからです。でもスタイルは異なります。モーリスはクラシックを取り入れましたが、彼はそれを解体するようなことをしました。私が一番好きなことは、彼の作品が美しいだけのダンスではないところです。ダンサーとしてそれはとても興味深いことです。なぜならバレエの形態や振付を超えて、ある人物を作り出し、生かさなければならないからです。ですから、一種のダンス演劇のようなものです」(swissinfo.ch 2017.6.15)。ひょっとしたら、この《魔笛》は、この歌劇を知らない人にも、大まかな筋が分かるよう、衣裳・装置ともども──それらは、しばしば、洗練を欠いた──、つくられていたかもしれない(歌=踊りに、字幕はなかった)。しかし、ロスが言うような、美しい踊りが、即ち、生きいきとした演技でもあるような、バレエ=演劇(演劇的バレエ)とは、ならなかったように思う。

場が進んでも、拍手する気が起きなかった。会場全体でも、拍手の量は、かなり少なかったと思う。

休憩後の、第二幕も、事情は同じだった。

幕が下り、拍手をすると、カーテンコールを待たずに、席を立ってしまった。用もあったが、その場にいることが息苦しく、それに付き合うことは、つらかった。初めてのことだった。

クロークで、あずけたコートを受け取り、会場を後にすると、時折開く扉から、「ブラヴォー」の声が、漏れていた。

ベームの録音は、そのテンポから、踊りやすさの観点から(も)、選ばれただろう。事前にディスクを聴いたが、ベームの指揮は、モーツァルトの歌わせ方が、杓子定規で、重く、様式美になりきれない、形式的なものだった。ベルリン・フィルは上手く、音色は洗練されており、指揮者は、この特質を、毀損しない。歌手をふくめ、完成度は高かった(パパゲーノを歌った、ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Dietrich Fischer-Dieskau/1925-2012年)の、甘い歌声が、特筆される)。しかし、同時に、彼は、オーケストラに、それ以上のことも、それ以下のことも、積極的に、させなかった。つまり、歌の伴奏に、徹した(期せずして、ゆったりとした曲で、美しくなることはあった)。その、ユニークな一貫性において、この録音を、芸術とよぶことはできるが、ベームは、オペラとは、文字通り、歌である、といっているのだ(彼は、交響曲においてさえ、伴奏的に指揮をする。例えば、ウィーン・フィル(Wiener Philharmoniker)と録音した、モーツァルトの、交響曲第40番、および、第41番《ジュピター》(1976年録音))。

この「伴奏音楽」を、バレエの肉体が、どう引き受けるのか、注目していたが、蓋を開けてみれば、ベジャールの《魔笛》は、この、ベームの、職人的な芸術にも、及ばなかった。ダンサーに、「歌」すら、歌わせなかったからだ(「歌わせなかった」以上傍点)。

なお、2018年2月にパリ、6月にはオランジュでも、上演されるという。

  *  *

BBL団員で、ベジャールの指導を、直接、受けたダンサーは、もう、少ないだろう。単純に、2007年以前から、在籍するメンバーをみると、ファヴロー(1995年入団)、ロス(1997年入団)、那須野圭右(2000年入団)、シャルキナ(2003年入団)、オアナ・コジョカル(Oana Cojocaru/2007年入団)の、5人しかいない(ロマンは、前身の、20世紀バレエ団(Ballet du XXe Siècle)に、1979年に入団している。ちなみに、全ダンサー44人中29人(今回、全員が来日したようだ)、全体の2/3が、2013年以降の入団だった)。

  *  * 

8日後の、25日、Bプロ初日(昼公演)を、観た。会場は、Aプロと同じ、東京文化会館。プログラムは、ベジャールとロマンによる、それぞれの2作品。音楽は、こちらも、録音が使用された。

最初に上演されたのは、ベジャールの《ピアフ》。1988年11月2日、東京文化会館で初演されたという。エディット・ピアフの歌う、8つのナンバーに、男性ダンサーが踊った。全員(カーテンコール時に数えてみたら、17人いたと思う)、ソロ、ソロ、ソロ、ソロ、全員、ソロ、全員の踊りで、後ろでは、ピアフのポートレート(写真)が、様々に掲げられる。

ダンサーが、洋服を着て登場(「愛の言葉」)。服を着て踊られるから、バレエの肉体美が分からない、と思っていたら、露出があっても、それを感じることは、できないようだった(4曲目「私の回転木馬」で、ローレンス・リグ(Lawrence Rigg)は、白いズボンに、上半身裸で踊った)。最後から3曲目の、全員の踊りでは(「あなたはきれいね、わかってるでしょ…」)、突然、一斉に服を脱ぎはじめ、多くが、パンツ一枚になる。群舞。肉体は、バレエ・ダンサーのそれで美しく、踊りも、技術的に、「バレエ」と思った。しかし、バレエの美、とはならない。2014年、ベジャールの《第九交響曲》(1964年、音楽:ベートーヴェン、BBL/東京バレエ団NHKホール)で振付指導した、ピョートル・ナルデリ(Piotr Nardelli)は、次のように述べていた。「彼(ベジャール)は古典バレエの信奉者でしたが、まったく新しいアプローチでテクニックを受け入れ、まったく新しいスタイルの表現を生み出しました」(公演プログラム)。スタイルは新しかったのかもしれない。しかし、それを、表現、作品として、積極的に、バレエと思うことは、できなかった。むしろ、古典バレエから、美的に、断絶していると思った。もとより、5人のソロ・ダンサーの芸術性を、味わい分けることは、できなかった。

音源には、拍手や歓声が入っていた。ライヴを収めたものもあったようだ。

 

次に上演されたのは、ロマンの《兄弟(kyôdaï)》(2014年)。彼は、1995年より、振付作品を、創作しているという。 これは、ボルヘス(Jorge Luis Borges/1899-1986年)の、短編小説、「侵入者」に、刺激されたらしい。

那須野圭右と大貫真(まさ)幹(よし)が、兄弟役なのだろう。共に、紺の、長袖長ズボンを着ている。そこに、リザ・カノ(Lisa Cano)が絡む。ジャスミン・カマロタ(Jasmine Cammarota)と大橋真理は、同じような衣裳で、二人で登場。ガブリエル・アレナス・ルイスは、ジムノペディ第3番(エリック・サティ)にのせ、白いズボンに、上半身裸で踊った。

兄弟のどちらかが、こちらに背を向け、「1!2!3!」と日本語で叫ぶと(録音かもしれない)、心のなかで、「ダー!」と言ってしまった。吉田兄弟による「百花繚乱」が流れる。音楽は他に、ジムノペディ第1番(サティ)、Citypercussionから数曲、ラヴェルの「ハバネラ形式によるヴォカリーズ練習曲」、美空ひばりの歌う「ばら色の人生」(エディット・ピアフ ‘La vie en rose’)が使われた。

 

魔笛》に続き、響くものが、ほとんどない。《ボレロ》は観たことがあり、ダンサー次第だと思う。《アニマ・ブルース》はどうだろう。

 

休憩を挟み、後半、最初に上演されたのは、ロマンの《アニマ・ブルース》(2013年)。ユング(Carl Gustav Jung/1875-1961年)の著作に、インスピレーションを得て、創作されたという(「「男性は誰しも自分のなかに女性を持っている。この女性的な一面を、私はアニマと言い表す」」(公演プログラム)。そういえば、ベジャールは、《ピアフ》について、「男たち……。彼女(ピアフ)は彼らを発見した。彼らを愛した。彼らを産み落とした。彼らを昇華させた。男たちは彼女の強さの源であり、喜びであり、永遠である。彼女によって創造された彼らは、彼女によって生きながらえる。その全てが、永遠なるピアフとなるのである」と語っていた)。音楽は、Citypercussionによる、オリジナル曲。

冒頭、全身黒ずくめの、ゴージャスな女性が現れる(カテリーナ・シャルキナ)。大きなサングラスに、つばのひろい帽子、腕には、オペラグローブを嵌めている(ロマンいわく、シャルキナが、「オードリー・ヘップバーンの姿を連想させた」。)

作品としては、評価することができなかったが、ダンサーの芸術には、観るべきものがあった。

四人の女性ダンサーが、ひとつのグループとして登場するが、エリザベット・ロスに、注目させられた(他の3人は、カノ、カマロタ、キャサリーン・ティエルヘルム(Kathleen Thielhelm))。彼女は、とても背が高く、四肢も長い。そして、その右脚を、横にへの字にあげたとき、衣裳からのぞく、太腿が凄かった。肉、というものの、存在が、重くみえた。もともと、存在感のあるバレリーナだが、その一点は、生々しく、特別だった。

シャルキナは、どちらかといえば、小柄なバレリーナで、特に、細くも太くもない。彼女は、あの後(あと)、黒レオタードに、黒タイツ、そして、タイトな白パンツに、紺のタンクトップ、それに、青と白の、丈の短い、ぴったりとした、チェックのシャツを合わせて踊ったが、造形が見事だった(彼女はひとり、ポワントで踊った)。古典的な意識に貫かれ、一分の隙もない。でも、しなやかで、やや小柄なぶん、伸びやかだった。そうして、脚を横に高くあげると、しなうのだ。《魔笛》のパミーナとは、別人の、シャルキナがいた(彼女は、この日本公演をもって、14年間在籍したBBLを退団し、トゥールーズ・キャピトル・バレエに移った)。

他に、男性ダンサー5人が踊った。

ロマンは、「私は彼(ベジャール)のように、様々なスタイルの振付を追求しています」と述べている(「モーリス・ベジャールのスタイルとは?」同上)(ベジャールは、「ピアフとは、何はさておき声である。そして、いたるところに偏在し(‘stupendous, omnipresent’)、決して滅びることがなく、時と境界を超越する。彼女を具現できるバレリーナが、あるいは女優がいるだろうか」とも言っていた。一方の、ロマンは、「オリジナルの楽曲と一体となった彼女(シャルキナ)の声が、私の創作を導いてくれた」。この作品は、彼の、ベジャールへの、応答ともいえるかもしれない。ところで、ボルヘスは、「侵入者」をおさめた、『ブロディーの報告書』の「まえがき」(1970年)で、「七十歳になったいま、やっと自分の声を見いだしたと思っている」と書いていた(鼓直訳、岩波文庫、2012年。「侵入者」は、公演プログラムの訳で、ここでは、「じゃま者」となっている))。

 

最後は《ボレロ》(1961年)。ベジャールが、モーリス・ラヴェルMaurice Ravel/1875-1937年)の音楽に、振付けた、彼の代表作だ。メロディを、ロスが踊った(この役は、男性ダンサーによっても踊られ、今回、ファヴローと交替で踊った。配役は、直前まで明らかにされない(BBLは、そもそも、公演当日まで、配役を発表しない方針をとっている))。音源は、シャルル・デュトワ(Charles Dutoit)指揮、モントリオール交響楽団(Orchestre symphonique de Montréal)による演奏(1982年録音)。

暗闇の中、音楽が始まる。ややあって、ダンサーの右腕を、スポットライトが映しだす。そして、あの、かくっとした、手首の動き。予告的な一振り(ちなみに、ベジャールが、1971年に、ブリュッセルに、最初に設立したダンス・スクールは、ムードラ(Mudra)という名で、サンスクリット語で、「インド古典舞踊の様式化した象徴的な身振り」、「特に、手や指の動き」を意味する(ムドラー/リーダーズ英和辞典 第3版)。ベジャールは、《魔笛》に寄せる文章で、「舞踊(THE DANCE)は何よりもまず一つの儀式(a ritual)なのだ。それは、伝統ある文明においては舞踊と儀式は分かちがたく結びついているものだからである。それぞれの神の像の前で、聖職者が踊り、呪術師やシャーマンが踊り、ファラオもダビデ王も、王も預言者も踊った。儀式は身振り(手の動き)(MUDRA)によって進行したのである」と述べている。インド古典舞踊は、もともと、寺院で踊られていた(余談だが、《魔笛》や《ピアフ》に、美を感じなかったのは、私は、その舞踊にかかる、「信者」ではなかった、ということかもしれない))。

彼女のメロディを鑑賞するのは、2013年のBBL来日公演以来、四年半ぶりのことだ。私にとって、劇場で観る、初めての《ボレロ》だった。その時は、年齢的なこともあったのか(1969年生)、動きが、音楽に、微妙に、遅れてみえた(音源は、今回と同じものを使用)。しかし、その微妙さが、かえって、芸術的に作用して、独特な効果を生んでいた。アポロとディオニュソスの、エロティックな関係…。これがバレエかと唸らされた。

さて、今回は──

黒いタイツを穿き、上は、ベージュのタイツで、胸を隠している。《アニマ・ブルース》では、大きくみえた肉体が、《ボレロ》の、舞台中央にしつらえられた、赤い円卓の上では、文字通り、等身大になってしまう。ここに立つと、 逃げも隠れもできない。ごまかしがきかない。踊り手の芸術が、明らかにされてしまう。

丁寧な踊りだ。すぐれて自覚的に、空間に、肉体を置いているのが、よくわかる。ボブの長さの、揺れる髪すら、掌(てのひら)にあるようだ。

技術的に、肉体的な衰えを、まったく感じさせない。完成度が低かったり、芸術性を認められないメロディは、はじめから、その綻びが、端緒となっていたが、ここでは、期待できた。

音楽が、クレッシェンドしていくにつれ、ロスの「弱さ」が、際立ってくる。踊りは、積極的に主張せず、精確かつ繊細に、音楽を、受けとめてゆく。 肉体と音楽のあいだに余裕があり、音がよく、肉に浸みわたる。すると、時々、両者は、うまい具合に充実して、目に見えて、響きあう。舞台両脇から流れる、大音量となったボレロは、音楽と肉体、どちらが物なのか、一瞬、分からなくなるほど、強くなり、輻輳の眼差しで、ロスを侵し始める。供犠のようですらあった。どのように踊れば、千の槍が、よく、肉に這入り、天にとどくか…。無数の「傷口」からは、彼女独特の、背徳的な香りもした。周りでは、黒タイツの、半裸の男性ダンサー(リズム)が、肉を連ねて、蠢いていた。

テーブルは、血に染まっている。メロディは、最後、ここに身を投げ、突如として、《ボレロ》を、闇に引き摺りこむのだ───

カーテンコールでは、ロマンも、姿をみせた。

公演プログラムに、「20世紀バレエ団、モーリス・ベジャール・バレエ団(ベジャール・バレエ・ローザンヌ)日本公演50年の軌跡」という記事があり(今年は、この、ベジャールの創設したバレエ団が、初来日して、50年という)、 それを見ると、《ボレロ》が上演されたのは、1967年、1982年(《エロス・タナトス》(1980年)の一部として)(以上、20世紀バレエ団)、2008年、2013年の、4度だった。

  *  *

今回の来日公演では、AプロとBプロにはさまれる日程で、ベジャールの、没後10年を記念し、命日の22日と翌23日、〈ベジャール・セレブレーション〉という「特別合同ガラ」が、兄弟カンパニーという、東京バレエ団と、共催された。観に行くことはできなかったが──19日、ダニエーレ・ガッティ指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管の、コンサートがあり、マーラーの余韻に浸っていた(Gustav Mahler/1860-1911年)。96年、ゴダールJean-Luc Godard/1930年-)が、For Ever Mozartを、撮ったことを、思い出しつつ──、第1部《テム・エ・ヴァリアシオン(t 'M et variations...)》(ロマン振付、2016年2月16日、ローザンヌ)、第2部《ベジャール・セレブレーション(Béjart fête Maurice)》(ベジャール振付、ロマン演出、同上、東京ヴァージョン)の構成であった。

ふと、ジョン・ノイマイヤー(John Neumeier/1939年-)を思う。彼の率いるハンブルク・バレエ(Hamburg Ballet)は、2016年来日し、彼の振付けによる、《リリオム──回転木馬》(2011年)、ガラ公演《ジョン・ノイマイヤーの世界》、《真夏の夜の夢》(1977年)を上演した。場所は、東京文化会館。ロスは、「モーリスはクラシックを取り入れましたが、彼はそれを解体するようなことをしました」と言っていたが、私は、このガラ公演において、ノイマイヤーが、バレエの古典性を解体しつつ、〈バレエ〉を、大胆に拡張していくのを、いくつも観た。《ヴェニスに死す》(2003年)、《マタイ受難曲》(1981年)、《クリスマス・オラトリオⅠ-Ⅳ》(2007年/2013年)、《ニジンスキー》(2000年)、そして、《作品100──モーリスのために》(1996年)(以上、上演順)。しかも、それぞれに、違った仕方で(最後の作品以外は、抜粋上演。ちなみに、同バレエ団は、2018年2月に来日し、このガラを再演する。また、《ニジンスキー》全幕を上演する)。《ベジャール・セレブレーション》では、12作品14演目が踊られたという。どのようなものだったろう。