op.1

ballet/orchestra/criticism

ユロフスキ指揮、ロンドン・フィル、ヘルムヒェンのショスタコーヴィチを聴く(ディスク短評)

 11月某日、ウラディーミル・ユロフスキ(Vladimir Jurowski)指揮、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(London Philharmonic Orchestra)、マルティン・ヘルムヒェン(Martin Helmchen)独奏による、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番および第2番を聴いた。それぞれ、2008年と2009年のライヴ録音。指揮のユロフスキは、2003年3月にロンドン・フィル首席客演指揮者(Principal Guest Conductor)に任命され、2007年9月より首席指揮者(Principal Conductor)を務めているという。

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 実はショスタコーヴィチの作品はいままでほとんど聴いたことがない。今回、サンフランシスコ交響楽団の来日公演に備えてこのディスクを手にした。

聴き慣れないということもあるのか、あまり魅力を感じなかった(第2番の第2楽章は抒情的だと思った)。興味の持てなかった作品の演奏は評価のしようがない。美しいと感じた音楽が、いかに美しかったかを述べることはできる。同様に、美しくないと感じた音楽が、いかに美しくなかったかも述べることはできる。しかし、そのような感性の反応がなければ批評の言葉は生まれてこないらしい。好きな作品を引合いに出して、この様でないからと批判することはできるが、それは美的判断ではないだろう。それどころか、作品との潜在的な創造的かかわりを進んで遠ざけてしまう危険性すら孕んでいると思う。今回は縁がなかったのだと考えるほかない(しかしより厳密にいえば、先の第2番第2楽章では、それを意識や批評の言葉がすくいきれていないだけで、感性は美を感じていた可能性はある)。

演奏の客観的な側面について簡単に触れておこう。

まずロンドン・フィルについて。線は細く明晰。音色は比較的目が詰んでいる。同じロンドンのオーケストラ、フィルハーモニア管弦楽団(Philharmonia Orchestra)と似たところがあるが、より硬質な印象を受けた。ユロフスキとの演奏もモダンというより古典的だ。ヘルムヒェンのピアノはオーケストラの演奏と呼応して硬質、透明。歯切れがよかった。

(このディスクには同じ作曲家による「ピアノ五重奏曲 ト短調 作品57」も収められているが(ピアノはヘルムヒェン。2010年録音)、そちらは聴いていない)