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バーミンガム・ロイヤル・バレエ《ラ・フィユ・マル・ガルデ》を観る

5月26日、バーミンガム・ロイヤル・バレエ(Birmingham Royal Ballet/BRB)来日公演、《ラ・フィユ・マル・ガルデ(La Fille mal gardée 邦題《リーズの結婚》)》を鑑賞した(東京文化会館)。全三幕。フレデリック・アシュトン版*1。1960年初演。BRBは、19日の《眠れる森の美女》に続いての鑑賞となる*2

公演プログラムの解説によると、これは、BRB「看板演目の一つ」「定番の演目」だという(ジェラルド・ダウラー氏)。音楽は、フェルディナン・エロール(Ferdinand Hérold 1791-1833年)で、ジョン・ランチベリー(John Lanchbery 1923-2003年)が編曲した(ロッシーニや、ドニゼッティの音楽も引用されているという)。この作品は、「現存するもっとも古いバレエ」とされ(同氏)、1789年、ジャン・ドーベルヴァル(Jean Dauberval 1742-1806年)の振付けにより、ボルドーで初演された。

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それでは、関心に即して、感想を述べていこう。

リーズを踊ったのは、プリンシパルの、セリーヌ・ギティンズ(Céline Gittens)*3。彼女は、前回、2015年のBRB来日公演《シンデレラ》(振付:デイヴィッド・ビントリー*4)で、夏の精を踊るのを観て引かれ、全幕主役で、その芸術性を堪能したいと思った(当時はまだ、二階級下の、ソリストだった*5)。

しばらく観るが、芸術的特徴を掴めない。リーズの友人たちと踊る場面になって、彼女らしさが現れる。舞台のあちらからこちらへ、斜めに、跳躍しながら回転してくると、胸の辺りから、高く上げた腕を中心に、肉体の存在感が増した。その後、上体を屈(かが)め、脚を後ろに大きく上げたり、正面を向いたまま、脚を横に高く上げたりすると、同様の現象が起きた。しかし、積極的に、それが起きないと感じさせる箇所もあった。かつ、そのような、ここぞという時以外も、踊りが平凡なことが、それら、肉体の輝きに、芸術的根拠を与えなかった。それでは、一発芸ということになってしまう。夏の精では良かったが、リーズは厳しかった。 

コーラスを踊ったのは、プリンシパルの、タイロン・シングルトン(Tyrone Singleton)*6。踊りには、一定の造形性があり、その点、「バレエ」であったが、一貫した主張がなく、表現と認めることはできなかった。

アランを踊ったのは、プリンシパルの、チョウ・ツーチャオ(Tzu-Chao Chou)*7。道化役で、コミカルな踊りだが、〈バレエ〉を感じなかった。明瞭に欠けるのが、アランのキャラクターに合っているともいえるが、これはバレエだ。

シモーヌを踊ったのは、ローリー・マッカイ(Rory Mackay)*8。リーズの母親役だが、男性ダンサーが踊る。リーズの友人四人を従えた、クロッグ・ダンス(clog dance)は、こちらも、踊り、床を打ち鳴らす音、ともに、不明瞭だった*9

おんどりを踊ったのは、アイトール・ガレンデ(Aitor Galende/アーティスト)*10

めんどりは四人で、ベアトリス・パルマ(Beatrice Parma/アーティスト)*11、ラケレ・ピッツィッロ(Rachele Pizzillo/アーティスト)*12、リンジー・サザーランド(Lynsey Sutherland/アーティスト)*13、ジェイド・ウォレス(Jade Wallace/研修生)*14

彼らは、上半身をおおう衣裳を着て、踊りとしてのバレエの対象は、脚だった(めんどりも、中は男性ダンサーだと思っていた)。しかし、造形的ではなかった。

リーズの友人を踊ったのは、八人の女性ダンサー*15。目に入る限り、はっとさせられたバレリーナはいなかった。

コール・ド・バレエは、座った座席からは、一体的というより、リーズの友人達の延長にある、個々の緩やかな集まりだった。

オズバート・ランカスター(Osbert Lancaster)による装置は、劇場の赤い幕が開いて、舞台の前や後ろに垂れている幕や、建物など、アニメの世界のようで、バレエ・ダンサーの肉体を引き立てていた(彼は、風刺漫画家でもあったらしい)。

演奏は、ポール・マーフィー(Paul Murphy )*16指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団*17

《眠れる森の美女》が、いつになく、完成度が高かったので、注目していたが(指揮は、ニコレット・フレイヨン(Nicolette Fraillon)*18)、いつもの東京シティ・フィルに戻っていた。芸術性は高くなかった。

 * *

この演目を観るのは初めてで、クロッグ・ダンスや、にわとりの踊りなど、バレエの古典性に、違った角度からアプローチする見所があった。しかし今回、それらは生かされなかった。残念ながら、創造的に得るものは、少なかった。

これを挟む、他の二公演は、リーズを、平田桃子(プリンシパル)、コーラスを、マチアス・エイマン(Mathias Heymann パリ・オペラ座バレエ、エトワール、公演プログラムには「ゲスト・プリンシパル」と記載)が踊った。

*1:Frederick Ashton(1904-88年) 元ロイヤル・バレエ芸術監督(1963-70年)。BRB Founder Choreographer

*2:ピーター・ライト版(ライト(Peter Wright 1926年-)は、BRB前芸術監督(1977-95年))。BRB名誉芸術監督(Director Laureate)。評は以下。バーミンガム・ロイヤル・バレエ《眠れる森の美女》を観る - op.1

*3:トリニダード・トバゴ生まれ。カナダ(バンクーバー)育ち。2006年入団。2016年プリンシパルBRBのダンサーは、Principal、First Soloist、Soloist、First Artist、Artist の五階級で構成されており、他に Apprentice(研修生)がいる。Dancers & Ballet Staff - Birmingham Royal Ballet

*4:David Bintley 振付家。現BRB芸術監督(1995年-)。2019年退任予定。2010-14年には、新国立劇場バレエ団芸術監督を兼任した。

*5:ちなみに、《眠れる森の美女》で、オーロラ姫を踊る予定だった(怪我のためキャンセル)、デリア・マシューズ(Delia Mathews 2008年入団。2017年プリンシパル)も、当時、ソリストだった。

*6:英国生まれ。2003年入団。2013年プリンシパル

*7:台湾生まれ。2011年入団。2017年プリンシパル。2005-11年、オーストラリア・バレエ。

*8:英国生まれ。2002年入団。2011年ソリスト。1996-2002年、イングリッシュ・ナショナル・バレエ。

*9:これは過大な要求なのかと思い、幾つか映像を観てみた。先ず、公演直前に観た、1981年の、ロイヤル・バレエ公演(ディスク)。踊ったのは、ブライアン・ショー(Brian Shaw)。木沓(きぐつ)の音が、よく聴こえる(以下は、「古典主義者」とされた、ショーの死亡記事。Brian Shaw Is Dead; British Dancer, 63, Known as Classicist - The New York Times 1992年4月23日。シモーヌ役への言及もある。ちなみに、ディスク評は以下。ロイヤル・バレエ《ラ・フィユ・マル・ガルデ》をディスクで観る - op.1)。続いて、2005年の、ロイヤル・バレエ公演。https://youtu.be/BT9naCq0fdE ウィル・タケット(Will Tuckett)。踊りと演技が一体化しており(先のディスクでいえば、リーズを踊った、レスリー・コリア(Lesley Collier)がそうだった)、表情、衣裳の操り方ともども、減り張りがある。木沓の音も、音楽的だった。

*10:スペイン生まれ。2016年入団。

*11:イタリア生まれ。2015年入団。2012-15年、Turkish State Opera and Ballet。先に鑑賞した《眠れる森の美女》では、激しさの精を踊った。

*12:イタリア生まれ。2015年入団。

*13:英国生まれ。2017年入団。2012-17年、Polish National Ballet。

*14:英国生まれ。2017年入団。

*15:ルース・ブリル(Ruth Brill/ファースト・アーティスト、振付家でもある)、カーラ・ドアバー(Karla Doorbar/ファースト・アーティスト)、淵上礼奈(ファースト・アーティスト)、ジェイド・ヒューセン(Jade Heusen/ファースト・アーティスト、先に鑑賞した《眠れる森の美女》では、誇らしさの精を踊った)、水谷実喜(ソリスト、11日には、西宮で、オーロラ姫を踊った)、シャン・ヤオキアン(Yaoqian Shang/ソリスト)、アリス・シー(Alys Shee/ファースト・アーティスト、先に鑑賞した《眠れる森の美女》では、謙虚さの精、パ・ド・カトルを踊った)、チャン・イージン(Yijing Zhang/ソリスト、先に鑑賞した《眠れる森の美女》では、喜びの精を踊った)。

*16:1997年より、BRBを中心に演奏する、Royal Ballet Sinfonia の首席指揮者。ちなみに、BRB音楽監督は、2010年より、クーン・ケッセルズ(Koen Kessels 2015年より、ロイヤル・バレエの音楽監督も兼任)。

*17:2015年より、高関健が常任指揮者。

*18:オランダ国立バレエ、音楽監督・首席指揮者等を経て、2003年より、オーストラリア・バレエ、音楽監督・首席指揮者。BRBにも客演している。