op.1

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バーミンガム・ロイヤル・バレエ《眠れる森の美女》を観る

5月19日、バーミンガム・ロイヤル・バレエ(Birmingham Royal Ballet/BRB)来日公演、《眠れる森の美女》を観た。ピーター・ライト*1版(原振付:マリウス・プティパ*2、演出:ピーター・ライト)。1984年初演。プロローグ付全3幕。東京文化会館BRBは、三年ぶりの来日となる。

一週間前の11日には、同じ英国の、ロイヤル・リヴァプール・フィル(Royal Liverpool Philharmonic Orchestra)による、チャイコフスキーの、ピアノ協奏曲と交響曲を聴いたが*3、今度はバレエだ。

金曜(18時30分開演)、土曜(14時開演)、日曜(14時開演)のうち、中日(なかび)を選んだ。佐久間奈緒*4(オーロラ姫)、厚地康雄*5(フロリムント王子)。

(余談だが、初日の5月18日は、マーゴ・フォンテイン(Margot Fonteyn)の誕生日だった(1919-91年)。彼女は、BRBの Prima Ballerina Assoluta で、オーロラ姫を得意としたという。)

ホワイエに入ると、この夏に開催されるガラ公演、第15回世界バレエフェスティバル(World Ballet Festival)の演目が発表されていた。そういえば、2015年の、前回第14回も、BRB来日の年だった。

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BRBは、ロンドンの、ロイヤル・バレエ(Royal Ballet)と、歴史的な関係があり、公演プログラムの記事や、バレエ団HPから、両者の歴史を大雑把にまとめてみると、次のようになる。

ロイヤル・バレエの大本は、1931年、ニネット・ド・ヴァロワ(Ninette de Valois)によって、サドラーズ・ウェルズ劇場(ロンドン)に創設されたが、1946年、ロイヤル・オペラハウスの専属となるのを機に、同劇場に、もう一つのバレエ団が作られた。これが、BRBの大本である。それが、1990年、バーミンガムに移り、現在の名称となった(1956年、ロイヤル・バレエは、現在の名称となり、一方、BRBの大本は、「ロイヤル・バレエ・ツーリング・カンパニー(Touring Company of The Royal Ballet)」となった)。

 * *

それでは、バレエの関心に即して、感想を述べていこう。

プロローグ。フロレスタン二十四世の宮殿。

妖精たちによる、パ・ド・シス(Pas de six)。皆一様に、造形に斑(むら)があり、芸術的な踊りを示したバレリーナはいなかった。

美しさの精(The Fairy of Beauty)を、ブルック・レイ(Brooke Ray/アーティスト)*6、誇らしさの精(The Fairy of Honour)を、ジェイド・ヒューセン(Jade Heusen/ファースト・アーティスト)*7、謙虚さの精(The Fairy of Modesty)を、アリス・シー(Alys Shee/ファースト・アーティスト)*8、歌の精(The Fairy of Song)を、ローラ・デイ(Laura Day/ファースト・アーティスト)*9、激しさの精(The Fairy of Temperament)を、ベアトリス・パルマ(Beatrice Parma/アーティスト)*10、喜びの精(The Fairy of Joy)を、チャン・イージン(Yijing Zhang/ソリスト*11が踊った。

リラの精(The Lilac Fairy)と、カラボス(The Fairy Carabosse)は、白と黒の、同じような衣裳を着て、双子のようであった。

第三幕。結婚式。
パ・ド・カトル(Pas de quatre)。イヴェット・ナイト(Yvette Knight/ソリスト*12とアリス・シーは、造形に斑なく、良かった。しかし、芸術的特徴を指摘するには至らなかった。
その点、フロリナ王女の、モレヤ・レボヴィッツ(Maureya Lebowitz/ソリスト*13は、腕の表現が、やや硬かった。

佐久間は、第一幕で登場してすぐ、四肢、殊に、脚が引き締まっているのが分かる(オーロラ姫、十六歳の誕生日)。特に背が高いというわけではないが、小柄ではない。先ず、前に観た、六人のバレリーナと、技術が違う。しかし、芸術性がどこにあるのか、にわかには判然としない。彼女の踊りを観るのは、2014年のガラ公演、「ロイヤル・エレガンスの夕べ」*14以来、二度目だが、その時も、技術を認めながら、「私には、彼女の芸術性が理解できなかった」。それはある意味、当然だったろう。佐久間の芸術は、数分の踊りで印象を残すより、全幕で、しみじみと味わわすものだったからだ。抑制、というには力んでおらず、かといってだれない、心(しん)のあるたおやかさ。これが一貫している。そして、音楽を、肌身において、決してはなさない(指揮のフレイヨンは大きく振った*15)。そのうえ、有機的な脚は、正面を向いて、右足を水平に上げたり、より高く上げたりすると、いっそう際立った。大胆を失わない気品。造形性が高いのではないが、指先にいたるまで、バレエ芸術の骨(こつ)を得ていた。ただ一点、第三幕のパ・ド・ドゥの最後で、硬いと感じた所があった。推測でしかないが、これは、肉体の衰えを把握した踊りでもあったのかもしれない。いずれにせよ、このような踊りをする人は、どこまで行っても〈バレリーナ〉なのだと思う。バレエのエッセンスが、身体(からだ)にしみ込んでいるようだった 。

当時つけたノートには、こうもあった。「機会を得て、彼女の芸術性を理解したい」。それが今回、一部ではあろうが、かなった。当初配役されていた、デリア・マシューズ(Delia Mathews プリンシパル)の踊りを観ることが出来なかったのは残念だが*16、さもなければ、佐久間の芸術を知らずにいたかもしれない(彼女は、今シーズンをもって、BRBを退団する。これほどのプリンシパルバレリーナが、今回の来日公演で、主役を踊る予定がなかったのは、どうしてだろう*17)。願わくは、さらに成熟を深めた彼女の踊りを、もう一度観てみたい*18

厚地は、技術が完全でなかったり、造形が硬かったりするが、それらを上回る魅力があった(第二幕からの登場。森のなか)。清潔感のある身体(しんたい)、そこから繰り広げられる踊りは、実際より大きくみえる。喝采を浴びていたが、そのような芸術性をもつ、バレエ・ダンサーだった。

コール・ド・バレエは、縦三人が、横四列になったものがあったが、群舞としての芸術性を捉えることは、出来なかった。

 * *

衣裳・装置は、フィリップ・プラウズ(Philip Prowse)。印象的だったのは、金。薄暗くなった劇場で、序奏に続き、深紅の幕が上がると、金に燻(いぶ)された宮殿の一室が、荘重、華やかに佇(たたず)んでいる。その後、金は衣裳にも、色彩をかえて現れてゆく。そして、第三幕、結婚式のフィナーレ、アポテオーズ(Apothéose)。宮殿。金の紙吹雪が、きらきらと、乱反射しながら降りてくると、参列者たちは、シンメトリックに並んで、二人を名指す。オーロラ姫と、フロリムント王子。それはまた、「マリウス・プティパ」でもあっただろう。二人の踊る、パ・ド・ドゥに代表される、古典バレエへの、讃歌、讃美。プラウズの仕事は、それに、芸術的に、積極的に関与したとは言い難いが(私たちは、ユルゲン・ローゼ*19を知っている)、作品を引き立てる、立派な額縁だった。

演奏は、ニコレット・フレイヨン(Nicolette Fraillon)*20指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団*21

ミスがあったり、音が窮屈だったり、「音楽」になっていないことがあったが、いつになく、完成度の高い箇所が多かった。その意味で、充分に、伴奏の役割を果たしていた(練習量の問題か、得意な曲なのか、指揮者の力か)。海外のバレエ団が、東京で公演を行うとき、このオーケストラが、ピットに入ることが多いが、過去、二番目に満足した演奏だった*22。しかし、それでも、奏者の身体(からだ)全体より、指や、腕の一部など、それら、部分しか使わず演奏していると思わせる、音楽の平板には、相変わらず、ぴんと来ない。美しいと感じず、「クラシック音楽」と思えない。だが、この演奏を徹底するとき、その平面性は、肯定的に感じられないとも限らない。これからも、バレエ公演で、東京シティ・フィルの演奏を聴く機会はあるだろう。ならば、端的な完成度で、触れてみたい。

 * * 

この日、ロンドンでは、英王室のハリー王子と、米国人のメーガン・マークルさんが、結婚式を挙げた。バーミンガムの、「ロイヤル・バレエ」は、東京で、二人を祝福しただろう。

一週間後の、26日には、BRBの、《ラ・フィユ・マル・ガルデ(リーズの結婚)》を観る(アシュトン版)。「これほど英国らしい作品はない」と言われる、市民を描いたバレエである。

*1:Peter Wright(1926年-)前BRB芸術監督(1977-95年)。BRB名誉芸術監督(Director Laureate)。ちなみに、現芸術監督は、デイヴィッド・ビントリー(David Bintley 1995年-)。2019年退任予定。2010-14年には、新国立劇場バレエ団芸術監督を兼任した。振付家。

*2:Marius Petipa(1818-1910年) 1890年初演。

*3:ロイヤル・リヴァプールフィルハーモニー管弦楽団、5月11日、大宮ソニックシティ、指揮:ヴァシリー・ぺトレンコ(Vasily Petrenko)、ピアノ:辻井伸行パガニーニの主題による狂詩曲(ラフマニノフ)、ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調チャイコフスキー)、交響曲第4番 ヘ短調チャイコフスキー

*4:1995年入団。2002年プリンシパルBRBのダンサーは、Principal、First Soloist、Soloist、First Artist、Artist の五階級で構成されており、他に Apprentice(研修生)がいる。Dancers & Ballet Staff - Birmingham Royal Ballet

*5:2006年入団。2017年ファースト・ソリスト。2011-13年、新国立劇場バレエ団。

*6:ニュージーランド生まれ。2015年入団。

*7:英国生まれ。2009年入団。2016年ファースト・アーティスト。

*8:カナダ生まれ。2012年入団。2017年ファースト・アーティスト。他に、American Ballet Theatre II, Canadian Ballet Theatre に在籍した。

*9:英国生まれ。2012年入団。2017年ファースト・アーティスト。

*10:イタリア生まれ。2015年入団。2012-15年、Turkish State Opera and Ballet

*11:中国生まれ。2008年入団。2016年ソリスト

*12:英国生まれ。2007年入団。2015年ソリスト

*13:米国生まれ。ロイヤル・ウィニペグ・バレエ(Royal Winnipeg Ballet, Canada)を経て、2011年入団。

*14:2014年8月9日、日本青年館ホール。佐久間は、《コンツェルト》(振付:ケネス・マクミラン)と、《ディアナとアクテイオン》(振付:プティパ原振付、アグリッピーナ・ワガノワ改訂振付)を、それぞれ、ベネット・ガートサイド(ロイヤル・バレエ)、ツァオ・チー(Chi Cao BRBプリンシパル)と踊った。

*15:それは、彼女の特徴らしい。以下の新聞評を参照。Nicolette Fraillon AM | The Australian Ballet

*16:マシューズ(ニュージーランド生まれ。2008年入団。2017年プリンシパル)と、ブランドン・ローレンス(Brandon Lawrence 英国生まれ。2011年入団。2016年ソリスト)は、東京公演に先立って、13日、大津で踊る予定だったが、マシューズが、来日後に怪我をして、佐久間と厚地に、配役が変更となった。マシューズは、東京公演に向けて、治療を続けたが、間に合わず、東京でも、佐久間と厚地が踊ることとなった。ちなみに、15日の、名古屋公演でも、当初配役されていた、サマラ・ダウンズ(Samara Downs プリンシパル)が、怪我でキャンセルとなり(来日前)、佐久間が踊った。王子役は、もともと厚地だった。

*17:金曜日曜公演は、オーロラ姫を、イングリッシュ・ナショナル・バレエ(English National Ballet)の、アリーナ・コジョカル(Alina Cojocaru)が、「ゲスト・プリンシパル」として踊った(パートナーは、BRBプリンシパルの、マチアス・ディングマン(Mathias Dingman))。他には、西宮で、水谷実喜(2012年入団。2017年ソリスト)が同役を踊った。来日公演、もう一つの演目、《ラ・フィユ・マル・ガルデ(リーズの結婚)》は、東京のみで上演され、リーズを、平田桃子(プリンシパル、二公演)と、セリーヌ・ギティンズ(Céline Gittens プリンシパル)が踊った。

*18:公演プログラムの解説で、實川絢子氏は、佐久間を、「骨の髄まで英国ロイヤル・スタイルが染み込んだ、BRBを代表する人気看板ダンサー」と評していた。今回観たものを、「英国ロイヤル・スタイル」と言ってよいか分からないが、その徹底性は、成熟を重ねるごとに、際立つのではないか。例えば、元パリ・オペラ座バレエ、エトワールの、イザベル・ゲラン(Isabelle Guérin)は、その先例とは言えまいか。

*19:Jürgen Rose(1937-)例えば、《ロミオとジュリエット》(振付:ジョン・クランコ)、《オネーギン》(振付:ジョン・クランコ)、《真夏の夜の夢》(振付:ジョン・ノイマイヤー)などの、衣裳や装置は、本質的な仕方で、〈バレエ〉と関わっている。

*20:オランダ国立バレエ、音楽監督・首席指揮者等を経て、2003年より、オーストラリア・バレエ、音楽監督・首席指揮者。BRBにも客演している。

*21:2015年より、高関健が常任指揮者。

*22:一番目は、冨田実里指揮、イングリッシュ・ナショナル・バレエ《コッペリア》(2017年7月9日、東京文化会館)。評は以下。イングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)来日公演《コッペリア》を観る - op.1