op.1

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ダニエーレ・ガッティ指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管、来日公演を聴く

2017年11月19日、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(Royal Concertgebouw Orchestra)のコンサートを、4年ぶりに、聴いた。会場は、前と同じ、ミューザ川崎シンフォニーホール

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コンセルトヘボウ管は、1888年設立。1988年、その100周年を記念し、「ロイヤル」の称号が贈られ、現在の名称となった。オランダ、アムステルダムの、コンセルトヘボウ──オランダ語で、コンサート・ホールの意──を本拠とする、世界的な名門だ。今回は、2つのプログラムで、京都、川崎、東京、長崎(出島表門橋完成記念)、大阪を巡回。この前には、アムステルダム、フランクフルト、ソウルでも、演奏しており、24日の大阪が、ツアーの終着点となる(フランクフルトで、会場となった、アルテ・オーパーは、コンセルトヘボウ管を、レジデント・オーケストラとしている)。

率いるのは、首席指揮者(Chief Conductor)の、ダニエーレ・ガッティ(Daniele Gatti/2016年-)。これまで、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管(1992-97年)、ロイヤル・フィル(1996-2009年)、ボローニャ市立劇場(1997-2007年)、フランス国立管(2008-16年)、チューリヒ歌劇場(2009-12年)といった、オーケストラや、オペラ・ハウスの、指揮者を、務めてきた。現在、マーラー・チェンバー・オーケストラという、室内オーケストラの、Artistic Advisor でもある(Mahler Chamber Orchestra/2016年-)。1961年、ミラノ出身。

コンセルトヘボウ管、前回の来日は、2015年11月で、その時は、首席指揮者が不在で、楽団出身(打楽器)の、グスターヴォ・ヒメノが、指揮台に立った(Gustavo Gimeno/2015年より、ルクセンブルク・フィル音楽監督)。私が聴いたのは、その前の、2013年11月、マリス・ヤンソンス(Mariss Jansons/2004-15年)に率いられてのものだ。その時は、彼が、コンセルトヘボウ管とともに来日する、(おそらく)最後の機会になるとは知らず(2014年4月、退任を発表)、いま思えば、長年の、両者の関係を聴く、貴重な体験となった(プログラムは、ベートーヴェンの、ピアノ協奏曲第3番(独奏:エマニュエル・アックス(Emanuel Ax))、および《英雄の生涯》))。

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コンセルトヘボウ管に、9人の指揮者が分担した、マーラー交響曲全集がある(2009-11年、映像)。このセットを、2014年に聴き、ガッティ指揮の第5番(2010年)、ピエール・ブーレーズ指揮の第7番(2011年)、ロリン・マゼール指揮の第6番(2010年)を、よいと思った。マゼールLorin Maazel/1930-2014年)は、オーケストラの芸術性、また、マーラーの歌謡性をも、存分に引きだし、ブーレーズPierre Boulez/1925-2016年)は、その上に、指揮者の芸術を重ね合わせ、ガッティは、そのうえ、オーケストラの芸術に、半ば、質的な変化をもたらした。

白磁をおもわせる、軽やかで、落ち着いたつや、バレリーナのような、線の細さと、しなやかさ。響きは、控え目で、明晰な音楽を奏でる、オーケストラだ(例えば、それに対して、ウィーン・フィル(Wiener Philharmoniker)は、音色はより、艶やかで、音は、大理石のように重厚、古典性の高い、特徴をもつ)。「彼女」は──ちなみに、コンセルトヘボウ管のパトロンは、‘Her Majesty the Queen of the Netherlands’である──、脚を高く上げても、けっして、上げすぎず、節度を守る。これまで聴いてきたなかで、もっとも上品な音をだすのが、コンセルトヘボウ管だった。それをガッティは、すごく豊かに、淫靡をたたえながら、歌わす(実際彼は、指揮しながら、歌う、または、唸る)。滑らかな音色は、皺(しわ)をつくってひびきわたり、芳醇を、漂わす。官能的なマーラーだ。しかし、オーケストラの美質は、毀損せず、生かす。音楽が、矛盾に満ちている。マゼールが、バレリーナと振付けの、芸術的長所を見抜く、優れたバレエ教師だったとすれば、ブーレーズは、ユニークな、才能ある振付家だったろう。では、ガッティは…?(この直後、ロイヤル・フィルとのディスク、マーラー交響曲第5番(1997年録音)、第4番(1999年録音)、チャイコフスキー交響曲第5番(2003年録音)、第4番(2004年録音)、第6番《悲愴》(2005年録音)を聴いたが、《悲愴》は完成度も高く、よかった。)

以上のような判断があったから、ガッティが、ヤンソンスの後任として、コンセルトヘボウ管の指揮者になると聞いたとき、納得しつつも、驚いたのを、覚えている。芸術的な結びつきは、特別だが、両者のそれは、いわば、水と油(美女と野獣?)だと思っていたのだ(ヤンソンスはそれまで、バイエルン放送響の指揮者と兼任していたが(Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks/2003年-)、以後、このオーケストラ、一本に絞る。それは、芸術美的に、自然なことのように思われた。彼は、大きい音と、小さい音の、幅を、広くとる傾向があるようで、それが、コンセルトヘボウ管だと、「バレリーナの脚」を、美的な限度を超えて、無理に、引き上げる印象を与えたのだ(2013年の来日公演は、極めて完成度が高く、それゆえ、美意識に、明らかだった)。一方、バイエルン放送響は、大きい音も、小さい音も、形而上までとどく)。

楽団が、新しい指揮者を迎えて、しばらくは、そのコンサートに足を運ぶことに、慎重だが、就任前の、両者の充実もあり、行くことにした(公演プログラムに掲載された、インタビュー記事によると、ガッティは、「2004年の初共演以来、毎シーズン欠かさずRCO(コンセルトヘボウ管)から招かれていました」。そして、マーラー交響曲第5番は、「楽団から「ぜひマーラーを振って欲しい」という言葉を引き出すことが出来た」、はじめて、この作曲家を取り上げる作品だったという)。演奏会に臨むにあたり、メインとなる、マーラー交響曲第4番を、彼が、フランス国立管を振ったとされる、放送音源で、聴いたが(ソプラノ独唱:クリスティーネ・シェーファー(Christine Schäfer)、2010年)、こちらは、全楽章にわたって、粗雑な演奏、という印象を受けた(これを最初に聴いたのは、2014年だが、当時の感想を読むと、両者の芸術的連関より、オーケストラの、まばゆい音色の悲劇性に注目して(目が眩んで?)、肯定的な意見を述べていた)。

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実演について、述べていこう。

コンサート前半に演奏されたのは、ハイドン(Franz Joseph Haydn/1732-1809年)の、チェロ協奏曲第1番。独奏は、タチアナ・ヴァシリエヴァ(Tatjana Vassiljeva)。彼女は、すでに、ソリストとして著名だが、2014年、首席奏者として、コンセルトヘボウ管に入団した。東京文化会館の広報誌、「音脈」によれば、「オーケストラでさらなるレパートリーを身に付けたいと考えました。最高の楽団ゆえに学ぶことも多いですし、首席奏者は年間半分の公演に出ればいいので、ソロ活動との両立もできます」と、その意図を語っている (2016年10-12月号)。白い、柄を繫げた、袖の短い上着に、ゆったりとした黒いパンツ、そして、黒のストッキングに、ハイヒールで登場。

オーケストラは、小さな編成で、第一ヴァイオリンは、四人。両翼配置で、コントラバス二人が、下手にいる。コンサートマスターは、ヴェスコ・エシュケナージ氏(Vesko Eschkenazy/2000年-)。

コンセルトヘボウ管の音がする。演奏は、一体的というより、個々の奏者の音が、比較的、分かれて、聴こえる。どのような芸術なのだろう。耳を澄ますうち、それは、単に、アンサンブルの精度が、低いことが、明らかになってくる。

徐々に整っていくが、完全にそうすることを阻むのが、ガッティの指揮と感じられる。マーラー交響曲第5番で聴かせた解釈の、延長上に、ハイドンを位置づけたい様(よう)だが、フランス国立管との第4番と同じく、とってつけたようで、雑にとどまっている。roughな音色と造形に、必然を認めず、総じて、美しくなかった。ガッティの目論見を、表面的になぞったような演奏、また、コンセルトヘボウ管の美質を、充分に発揮させない指揮で、両者の芸術は、噛み合わないまま、平行線をたどっている。

ヴァシリエヴァのチェロを聴いていると、こちらも、古典的なハイドンでない。つまり、造形よりも、歌を優先し、音色も磨き過ぎず、楽器の質感を、多分に残す。技術は申し分なく、芸術的だった(公演プログラムや、彼女のオフィシャル・ウェブサイトには、使用楽器の記載はない)。協奏曲というより、チェロ独奏に、オーケストラが、伴奏している趣があった。ロングヘアは、振り乱れている。むしろ、彼女の方が、ガッティ=コンセルトヘボウ管の目指すところに、近づいていたかもしれない。

アンコールとして、バッハ(Johann Sebastian Bach/1685-1750年)の、無伴奏チェロ組曲第1番より、プレリュードが演奏された。ハイドンとは対照的に、古典的なバッハだ。音色は、より、均されてはいるが、手触りがあり、音楽の組み立てが端正な分、音の質感を、正面から味わうことができた。

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後半に演奏されたのは、マーラーGustav Mahler/1860-1911年)の、交響曲第4番。ソプラノ独唱は、マリン・ビストレム(Malin Byström)。当初予定されていた、ユリア・クライター(Julia Kleiter)は、体調不良のため、キャンセルした(アムステルダムでは歌ったようだが、フランクフルトでは、ミア・パーション(Miah Persson/先の全集でも、この曲を歌っている。ビストレムと同じ、スウェーデン出身)、ソウルでは、Yeree Suhが歌ったようだ(コンセルトヘボウ管デビュー))。オーケストラの規模は、拡大している。

ハイドンに続き、指揮者とオーケストラの、芸術的な関係に、変化は認められない。両者による録音を聴いたのは、ほとんど一曲だけで、それは、レアケースだったのかもしれないと思う。二年前、ベルナルト・ハイティンク(Bernard Haitink)が、ロンドン響(London Symphony Orchestra)を振った、マーラー交響曲第4番では、指揮者の芸術性が欠落して、オーケストラが、その手前で、最後の一歩を踏み出せず、微温的に聴こえたのとは反対に(サントリーホール、ソプラノ独唱:アンナ・ルチア・リヒター(Anna Lucia Richter))、ここでは、向きが、すれ違っている(ハイティンクは、1961-88年、コンセルトヘボウ管の指揮者だった)。

第1楽章、第2楽章。ガッティは暗譜で、指揮棒を使って指揮している(ハイドンは、スコアを見ながら、素手で振っていた)。

第3楽章。「安らぎに満ちて、少しゆるやかに(Ruhevoll, poco adagio)」。弦楽合奏が、ゆっくりと、自然な呼吸で、マーラーの歌を、緊密に歌いはじめる。管が、少しずつ、合奏の輪に、くわわっていく。ガッティの手綱が、目にみえて利きはじめるのは、それからだ。歌が、濃厚になるにつれ、オーケストラと指揮者も、ひとつになってゆく。そこに、乱雑はない。一体となり、反転し、内奥から湧きでる、〈暴力〉がある。コンセルトヘボウ管の、洗練された上品から、自然に逸脱してきた、この、野蛮。美。歌は、歌うものであり、歌わせるものではないと思う。音色には、翳が蔓延っており、歌は、ときに、大きく脈打つ。ヴァイオリンの、剝き出しの、悲痛な叫び。確固として、そこにある、弱音。繊細だが、空間に溶け込まず、バレリーナの指先が、舞台のなか、照明に照らされて、透きとおって、踊るように。どんな、姿態をさらしても、彼女は、彼女だった。

マーラーを媒介とした、指揮者と、オーケストラの融合、fusionは、ここで、ピークを迎え、そのまま、第4楽章へ。「Sehr behaglich(非常にくつろいで)」(ところで、第1楽章は「Bedächtig, nicht eile(落ち着いて、急がずに──まさにゆったりと)」、第2楽章は「In gemächlicher Bewegung, ohne Hast(ゆったりとした動きで、慌てないで)」と指示されていた)。

目をあけると、舞台奥、中央右寄りに、ビストレムが立っていた。青緑(あおみどり)のドレスを着て、ブロンドの髪を纏めている。

彼女の歌は、映像だが、《ドン・ジョヴァンニ》の、ドンナ・アンナで接したことがあり、その独特な歌声に、惹かれていた(二コラ・ルイゾッティ(Nicola Luisotti)指揮、ロイヤル・オペラ、2014年)。当日配布されたプロフィールによると、この曲は、歌ったことがあるそうだ。また、2017年6月には、ガッティ指揮の、コンセルトヘボウ管と共演して、《サロメ》のタイトルロールを歌ったという(オランダ国立オペラ。ちなみに、ガッティは、「私がRCOから首席指揮者に指名されたのは、(アムステルダムでコンセルトヘボウ管と演奏した)《ファルスタッフ》上演から3か月後の2015年10月のことでした」と述べていた。また、《サロメ》以降も、「アムステルダム市との共同プロジェクトで、ほぼ毎年、RCOがオペラ上演に関わることが決まっています」という。ビストレムは、モーツァルトだと、他に、ドンナ・エルヴィーラ、伯爵夫人、エレットラ、《ミサ曲ハ短調》を、歌ったことがあるそうだ)。

聴いた場所、というより、歌手との距離のせいもあるのか(どの席からも、ある程度、遠いか、口が、逆にある)、ややくぐもって聴こえたが、確かに、ビストレムの声がした。重心の低い音色が印象的だが、そこには、つねに、明が同居しているようである。それを、ドラマティックに歌う。カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio/1573-1610年)の、バロック絵画のようだ。

鈴のシャンシャンがとても速く、第1楽章の最後、ともすれば、恣意に陥りかねないほど、歪んだ歌と、極端なコントラストをなしていた(ガッティは、オペラと管弦楽の違いについて語る際、「マーラー交響曲はドラマを展開していく音楽であり、絶対音楽ではありません」と言っていた)。音圧は、高くなく、室内楽的な側面も、あっただろう。

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ガッティと、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団。三年半待った、演奏会だった。結果は、就任披露という側面もあったかもしれない、美しい音楽に触れることができたのは、コンサートの半分以下、一つの作品の、半分で、作品を、完全なかたちで、聴くことはできなかったが、両者の創造的な関係を、身をもって、知る機会となった。もう一つのプログラムでは、ベートーヴェンLudwig van Beethoven/1770-1827年)の、ヴァイオリン協奏曲(独奏:フランク・ペーター・ツィンマーマン(Frank Peter Zimmermann))、ブラームスJohannes Brahms/1833-97年)の、交響曲第1番が演奏された。